■安田記念

 条件戦をベースにピラミッド型の競走体系を形成するJRA古馬競走。その上部に位置する重賞競走は、各レースに設定された1着賞金額によって、その重要度が示されてきました。84年のグレード制導入は、そうした従来の賞金体系をより明確化したものです。
 制度導入の際、GTに格付けされた古馬重賞競走は計7レース。そのうち、ファン人気投票や推せん委員会によって出走馬が決定されてきた宝塚記念・ジャパンC・有馬記念の3レースについては、本賞金増額によって昇級するピラミッド型のシステムとは別の主旨で実施されるレースと言えます。人気のある馬は本賞金や成績に関係無く出走が出来、勝っても勝っても不人気な馬は“いつまでたっても”出走が出来ない。賞金加算のみを昇級の手段としている馬がそのようなレースを具体的な目標にするはずがありません。
 そうすると、条件馬を含む全ての古馬にとって、残りの4レース、春秋の天皇賞・安田記念・マイルCSこそがピラミッドの頂点という事になります。その中でも、秋天皇賞が距離短縮された後、日本競馬の伝統を支える唯一のレースである春天皇賞の重要性は言うまでもありません。このレースこそが、ピラミッド型賞金システムの頂点と考えて間違いないでしょう。
 各世代が混在する古馬競走の中で、天皇賞・春は各世代共通の目標であり、どの世代に対しても等しくチャンスが与えられるべきです。ダービー終了時点で“その大部分が条件馬である3歳馬”について言えば、1年後に実施される4歳の春天皇賞をまずは目標とし、そこで同世代の天皇賞馬が誕生しなければ、さらに1年後に実施される5歳の春天皇賞を目標とします。
 もちろん、同じく春季番組に実施される安田記念も重要なレースである事に間違いはありませんが、各世代の主力が春天皇賞を狙う中にあって、安田記念のレベルが1ランク下がってしまうのは至って当然な事でしょう。
 そうすると、春の天皇賞馬を既に輩出している世代、言ってみれば“JRA競馬の最終目標を達成し終えた世代”にとっては、その翌春に実施される安田記念など全く無意味なものでしかありません。つまり、安田記念を勝つのは、「落ちこぼれの4歳馬」もしくは「天皇賞・春を未だに勝っていない5歳上馬」のいずれかという事になります。
 ただし、天皇賞・春を勝てない5歳上馬を救済する側面が安田記念にある以上、初めから春秋の天皇賞を放棄している世代(ウイナーズサークル世代・フサイチコンコルド世代)については、安田記念に対してもチャンスがない事になる。その結果、1着になるべき世代が無くなってしまう年度が起きた場合には変則的なタイプの勝ち馬が現れています。


(※※=すでに春天を勝っている5歳上世代 ※※=すでに春天を勝っているにもかかわらず安田記念を勝った5歳上世代)

春天 春天 4歳 5歳 6歳
84 SR KT6 ※※ 安田記念→格上げ
85 SS SR4 1着
86 DG SS4 ※※ 1着
87 MN SS5 1着 ※※ ※※
88 ST MN4 1着 ※※
89 WC MN5 1着 ※※
90 IF ST5 ※※ ※※ スプリンターズS→GT化
91 TO IF4 1着 ※※
92 MB IF5 1着 ※※
93 WT MB4 1着 ※※
94 NB WT4 1着 ※※
95 TA MB6 ※※ ※※ ハートレイク    外国馬 阪神大震災→春季番組変更
96 FC NB5 ※※ ※※ トロットサンダー  7歳馬 高松宮杯:暫定GT
97 SB TA5 ※※ ※※ 高松宮杯:暫定GT
98 SW SB4 1着 ※※
99 AV SW4 1着 ※※
00 AF AV4 ※※ ※※ F・キングプローン 外国馬 スプリンターズS→開催変更
01 JP AV5 ※※ ※※ ブラックホーク   7歳馬
02 TG JP4 ※※ アドマイヤコジーン ゾロ目
03 NU TG4 ※※ 1着
04 KK TG5 ※※ ※※ ???
05 DI KK4 ※※ ???
06 MS DI4 ※※ ブリッシュラック  外国馬


 中央競馬の歴史を飾る名馬タケシバオー。距離別重賞体系が未整備だった時代にあって、距離の壁を超えた同馬の戦歴は正に快挙です。しかし、グレード制導入と同時に進められた距離別重賞競走の整備は、タケシバオーのような馬が再び現れる事を拒むものとも言えます。
 せっかく長距離・短距離それぞれにGT競走を用意したにもかかわらず、それを無視するような“名馬”は番組整備そのものを無意味なものにしてしまうからです。春天皇賞を勝った馬が、その後の安田記念まで勝ってしまえば、短距離の下級レース全てを否定する事はなる。だからこそ、安田記念は春天皇賞や宝塚記念と同時期に、マイルCSは有馬記念やジャパンCと同時期に実施する必要があるのです。
 本当に“1600Mをもっとも早く走る馬”を決めるのであれば、オグリキャップやエルコンドルパサーのような“オールマイティな馬”のためにも、現在とは別の時期にマイルGTを実施すればいい。つまり逆な見方をすれば、現行のマイルGTは“1600Mをもっとも早く走る馬”を決めるのではなく、1600M“ならば”早く走れる“マイラー”を選ぶ事を目的に実施していると言えます。

 実力馬が揃う天皇賞・春の出走馬の中にタケシバオーのような馬がいる可能性を否定するだけの根拠が存在しない以上、安田記念には「天皇賞春を諦めた馬のためのレース」程度の意味しかありません。しかし、3歳クラシックを経て古馬競走に参加する明け4歳馬に通常の天皇賞・春が用意されていないとすれば、安田記念の結果にも何かしらの影響があると考えるべきでしょう。

 ミホシンザンが勝った87年の天皇賞・春。この年の春季番組から、古馬競走に参加する4〜6歳馬が全てグレード制クラシック世代となり、本当の意味でのグレード制古馬競走(距離別重賞競走体系)はここからスタート。従来通りに行われた前年の3歳クラシックと、新しいルールで行われる87年の天皇賞・春との関係は、当然、例年とは異なる。ダイナガリバーが3歳の有馬記念で最強世代を証明したにもかかわらず、同世代が4歳の天皇賞・春を勝てなかった矛盾はこうした背景から生まれています。
 同じく3歳リードホーユーで有馬記念を勝ちながら、84年(グレード制導入)の天皇賞・春を勝てなかったミスターシービー世代。さらに、3歳オグリキャップで有馬記念を勝ちながら、89年(昭和天皇崩御)の天皇賞・春を勝てなかったサクラチヨノオー世代。
 本来は、3歳クラシックの延長戦上にあるはずの天皇賞・春が大きく変ってしまった為に、これら3世代は本来の目標を失ってしまい、その後、彼ら3世代は残りの古馬GT競走において全く同じ道を歩む事になります。

3歳有馬記念1着→4歳春天敗退 4歳 天皇賞・秋 4歳 マイルCS 5歳 安田記念
84年 ミスターシービー世代:リードホーユー 85年 ミスターシービー ニホンピロウイナー 86年 ニホンピロウイナー
87年 ダイナガリバー世代 :ダイナガリバー 88年 ニッポーテイオー ニッポーテイオー 89年 ニッポーテイオー
89年 サクラチヨノオー世代:オグリキャップ 90年 スーパークリーク オグリキャップ 91年 オグリキャップ

 グレード制導入以来、上記3世代以外に秋天皇賞〜安田記念の連覇をした世代は皆無。この事実は、安田記念の予想だけではなく、秋天皇賞を中距離に変更した理由、春秋に配置された2つのマイルGTの存在理由など、グレード制の全体像を把握するための判断材料になります。

 グレード制という新しい秩序を取り入れる事を決定した際、3歳クラシックは大きな変更点が無かったのに対し、古馬競走については様々な変更が行われている。制度導入に先だって行なわれた天皇賞勝抜制の廃止とジャパンC創設(ともに81年)、秋天皇賞の距離短縮、そして安田記念の大幅な賞金アップとマイルCSの新設。特に、安田記念とマイルCSを「天皇賞や有馬記念と同じグレード」に設定した事は、競走体系の多様化だけではとても済まない、JRAの強い意図を感じずにはいられません。
 単にそれまでのJRA競馬を継続するのであれば、従来通りに2つの天皇賞を古馬競走の頂点にして古馬競走を実施する方がよっぽど自然。しかし、勝ち抜け制が廃止された古馬競走だからこそ尚更、各世代が目指す目標に秩序を与える必要が生じます。天皇賞を勝った馬が、その後の古馬競走において闇雲に暴れまわるような事の無いよう、タケシバオーやカブラヤオーのようなインチキくさい名馬が再び現れないようにです。

   ※注 84年以降、明け4歳時に春秋の天皇賞・安田記念・マイルCSを全敗した世代は次の2世代。
     ・昭和天皇が崩御した混乱の中で生まれたウイナーズサークル世代
     ・阪神・淡路大震災によって暗澹たる4歳時を過ごしたナリタブライアン世代

 つまり、各世代に古馬GT競走を勝たせようとする競馬サークルの意思が、勝ち抜け制廃止後の古馬競走でも生き続けているという事です。血縁関係の強い各厩舎や、馬主・生産者との不透明な関係を考えると、何かしらの「お約束」が無ければグレード制の導入など出来るはずが無いというのが根本的な原因でしょう。

 話がそれましたので、安田記念に戻ります。

 3歳馬の出走が可能になった87年の秋天皇賞は、前年と異なるルールで実施された変則的なものであり、その勝ち馬ニッポーテイオーもまた変則的な天皇賞馬といえます。しかし、同馬がその後に残した戦歴はさらに異例なものです。
 グレード制が導入された84年、古馬短距離競走は安田記念とマイルCSを柱にしてスタート。安田記念で全世代最強馬を決定し、マイルCSで3歳馬の挑戦を受ける。競走体系の大幅整備(グレード制の導入)をする際、わざわざ2つ目のマイルGTを新設させた理由です。
 そうした背景から考えると、ニッポーテイオーが残した変則的な戦歴、3歳でマイルCSを勝っていない世代がマイルCS〜安田記念の連覇をする事は番組立案者の意に反したものとなります。
 そうした変則的なマイルGT連覇をしたのは、96年の7歳馬トロットサンダーしかいませんが、この安田記念もまた、この年から3歳馬に出走を認めた変則的なレースです。

年度 安田記念 天皇賞・秋 マイルCS
87 DG4 フレッシュボイス DG4 ニッポーテイオー DG4 ニッポーテイオー 天皇賞・秋:4歳上→3歳上
88 DG5 ニッポーテイオー MN4 タマモクロス ST3 サッカーボーイ
89 ST4 バンブーメモリー ST4 スーパークリーク ST4 オグリキャップ
90 ST5 オグリキャップ ST5 ヤエノムテキ ST5 パッシングショット スプリンターズS:GU→GT
91 IF4 ダイイチルビー IF4 プレクラスニー IF4 ダイタクヘリオス
92 TO4 ヤマニンゼファー IF5 レッツゴーターキン IF5 ダイタクヘリオス
93 TO5 ヤマニンゼファー TO5 ヤマニンゼファー MB4 シンコウラブリィ
94 WT4 ノースフライト WT4 ネーハイシーザー WT4 ノースフライト
95 *** 外国馬 WT5 サクラチトセオー MB6 トロットサンダー
96 MB7 トロットサンダー FC3 バブルガムフェロー TA4 ジェニュイン 安田記念:4歳上→3歳上
高松宮杯:GU→GT
97 NB6 タイキブリザード FC4 エアグルーヴ SB3 タイキシャトル
98 SB4 タイキシャトル NB7 オフサイドトラップ SB4 タイキシャトル 高松宮杯→高松宮記念
99 SW4 エアジハード SW4 スペシャルウイーク SW4 エアジハード
00 AV4 テイエムオペラオー 高松宮記念:3歳上→4歳上
01 AF4 アグネスデジタル
02 TG3 シンボリクリスエス
03


 さらに、3歳でマイルCSを勝っていない世代がマイルGTで初勝利をあげたケースについても、グレード制導入に合わせて新設したマイルCSの意義に反するものであり、そうした馬はいずれも変則的な番組の流れでのみ誕生しています。

87 安田記念 DG4 フレッシュボイス 先述
91 安田記念 IF4 ダイイチルビー 前年:スプリンターズS GU→GT
92 安田記念 TO4 ヤマニンゼファー 前年:有馬記念     単勝万馬券
93 マイルCS MB4 シンコウラブリィ 同年:安田記念     連覇
94 安田記念 WT4 ノースフライト 前年:マイルCS    1着=牝馬
96 マイルCS TA4 ジェニュイン 同年:安田記念     1着=7歳馬
97 安田記念 NB6 タイキブリザード 前年:高松宮杯     GU→GT
99 安田記念 SW4 エアジハード 前年:高松宮杯    →高松宮記念

 つまり、ニッポーテイオーがマイルCSを勝った理由は、自身が変則的な安田記念馬になる為に、ダイナガリバー世代を代表してマイルCSを勝ったという事になり、逆な見方をすると、天皇賞・秋やマイルCSを勝った世代は翌年の安田記念を勝てないのがスタンダードであるという事を示します。(ややこしいなぁ・・・)
 ニッポーテイオーが安田記念を勝つ前年の87年、すべての古馬競走がグレード制クラシック世代によって実施されるようになった年の安田記念馬フレッシュボイスは、ニッポーテイオーと同世代でありながらも正規の安田記念馬の指標なのです。(わけわからん)

 以上が、競馬番組上での世代間の優劣において、安田記念がどのように役割を持ち、他の古馬GTとの関係を保っているかの検証です。次に、指名された世代の中から選ばれる1頭がどのような戦歴を経ているかと確認し、安田記念1着馬の予想に移ります。(今まで前置きかい!)

 長距離路線の歴史に名を残す多くの春の天皇賞馬は「1年間に渡ってG2・G1の中長距離のみ」という、これ以上ないハイレベルを誇っています。(例外については別の機会に)
 それに対し、短距離チャンピオンと賞される安田記念馬のそれは全く対称的なもの。前年の秋季番組で条件戦や菊花賞を使っているような馬が、半年後には安田記念を勝ってしまうのです。つまり、短距離1本やりで安田記念を目指す生粋のマイラーの為に、安田記念1着馬の座は用意されていないのです。
 特に、参加する4〜6歳馬がすべてグレード制クラシック世代となった87年。春天皇賞ではミホシンザンという指針が示されたのに対し、直後に行われた安田記念のレースは異様そのもの。菊花賞6着、有馬記念5着、日経新春杯1着という具合に長距離路線で活躍を見せていたフレッシュボイスが1着となり、スワンS1着、マイルCS2着、京王杯SC1着という万全のローテーションで望んだ“同世代の”ニッポーテイオーが2着に敗れてしまう。
 それ以降の安田記念でも、過去1年間を条件戦や長距離戦を使わずに過ごした4〜5歳時のニッポーテイオーのような馬、「短距離版スペシャルウィーク」「短距離版テイエムオペラオー」のような馬は、変則的な決着に終わった安田記念以外では負け続けているのです。 

安田記念1着馬 過去1年間の出走歴
87 フレッシュボイス 2000 〜 3000 G3〜G1
88 ニッポーテイオー 1400 〜 2200 G2〜G1
89 バンブーメモリー 1200 〜 1800 ダート出走歴 条件戦出走歴
90 オグリキャップ 1600 〜 2500 G3〜G1
91 ダイイチルビー 1400 〜 2400 OP〜G1
92 ヤマニンゼファー 1200 〜 1400 ダート出走歴 条件戦出走歴
93 ヤマニンゼファー  ※連覇 1200 〜 1800 G3〜G1
94 ノースフライト 1600 〜 2400 条件戦出走歴
95 ハートレイク    ※□外
96 トロットサンダー  ※7歳 1400 〜 2000 OP〜G1 4歳上→3歳上
97 タイキブリザード 1400 〜D2000 ダート出走歴
98 タイキシャトル 1200 〜 1600 ダート出走歴 OP〜G1
99 エアジハード 1400 〜 1600 条件戦出走歴
00 F・キングプローン ※□外
01 ブラックホーク   ※7歳 1200 〜 1600 G3〜G1
02 アドマイヤコジーン ※揃目 1200 〜 1600 OP〜G1
03 アグネスデジタル 1400 〜 2000 ダート出走歴 G3〜G1
04 ツルマルボーイ 2000 〜 2500
05 アサクサデンエン 1400 〜 1600 条件戦出走歴
06 ブリッシュラック  ※□外