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■コラム#03 「天皇賞について」

 国内で最も優れた生産・調教に対する表彰。昭和12年のレース創設以来、天皇賞が残してきたその歴史は疑いようのない事実です。この先、中央競馬が日本国政府の管理下にある限り、天皇賞に替わるレースが中央競馬の頂点に立つなど絶対に有り得ないと私は考えています。
 この「賞」の性格は、各分野の貢献者に与えられる春秋の紫綬褒章のようなものであり、昭和51年に廃止された勝ち抜け制が、四半世紀を過ぎた今もなお、レースの本質として残されています。
 ある馬が天皇賞を勝てば、「次の天皇賞」は「次の馬」のために。紫綬褒章が“順番待ち”で実施されている仕組みと何ら変わりません。全ての3歳世代には「明け4歳の春天皇賞」があり、何かしらの理由でそこを勝てない状況が生じたとしても、勝てなかった4歳世代のために「次の天皇賞」が待っている。番組改定の影響があるにせよ、あくまでも基本は“順番待ち”です。(参考データ

 3歳クラシック世代が明け4歳の春天皇賞に向かうプロセスは、大きく分けて2つのパターンがあります。簡単に言ってしまえば、強いダービー馬と弱いダービー馬に分けて考えればいい。古馬競走で通用する強いダービー馬がいれば菊花賞馬など要らないし、弱いダービー馬の場合はそれに替わる強い菊花賞馬が必要になる。(当たり前すぎるような話ですが、物事の本質を見極めるためも仮定はなるべく単純な方がいい)
 番組の主旨に沿った戦歴を持つ強いダービー馬と、低レベル競走から生まれた弱いダービー馬。春クラシックで負けた弱い菊花賞馬と、春クラシック不参加の強い菊花賞馬。これらの組み合わせにより、世代単位での「勝ち抜け制」は今もなお継続しているのです。

 そもそも、勝ち抜け制が廃止されたとはいえ、内輪同士でやっている競馬にこのような「ルール廃止」を持ち込むこと自体、どれほどの意味があるでしょう。被差別時代の厩(うまや)社会にとって、天皇の名を付く賞がどれだけ有難いものであったかを想像して下さい。調教師や厩務員にとっては、正に紫綬褒章の受勲に等しい価値があるレースが天皇賞だったのです。彼らが築いたそうした精神的伝統が、たかが競馬法の見直しで失われるわけがありません。

 競馬番組表解析派の中には、1着賞金額で天皇賞を大きく上回るジャパンCが現行JRA競馬の頂点と考えている方も少なくないかもしれません。しかし、競馬番組を実際に実行する調教師ら競馬サークルにとって、ジャパンCはさほど重要ではないと私は思います。

 84年グレード制導入に先立って、競馬会は天皇賞勝ち抜け制を廃止し、ほぼ同時期にジャパンCを創設。勝ち抜け制の廃止については、サークル側にとって全くどうって事のないものだという理由は先に書きました。しかし、彼らの労働によって生じた利益を“持っていかれる”ジャパンCの創設を決定した競馬会に対し、サークル側の反対が無かったとは“常識的には”考えられません。

 現在のジャパンCとジャパンCダートの賞金総額が約7億2000万円。この3分の1を外国勢に持っていかれたとして約2億4000万。これに渡航費用・滞在費用を加えると総額3億円前後。毎年毎年、1厩舎あたり100〜150万円の稼ぎが外国の競馬関係者に奪い取られる事になります。
 それだけではありません。そもそも日本馬が勝つのは難しいという前提で創設されたのがジャパンC。言ってみれば、日本競馬の低レベルを証明し、中央競馬所属調教師のダメさぶりを世界中に晒すようなものです。JRAが進める国際化に堂々と反論し続けている競馬サークルが、それほどまでの侮辱を受け入れた理由。それこそが、現行中央競馬の指針となるグレード制導入だったのではないでしょうか。

 天皇賞を勝てなかった馬のために実施された勝ち抜け制は競馬会によって廃止。その代わり、天皇賞を勝てない馬のために競馬会は新たな高額賞金レースを次々と用意しました。短距離では安田記念・マイルCS・セントウルS、ダート重賞はフェブラリーH・ウインターS、非クラシック路線のNZトロフィー・クリスタルC・中日スポ4歳S、夏季ローカルには新潟3歳S・小倉3歳Sなどなど。
 ジャパンCの総賞金、81年当時で約1億5000万円の半分を外国人に持っていかれたとしても、それをはるかに上回る賞金が新たに用意されるのであれば、そんなオイシイ話(=グレード制導入)に反対するサークル関係者はおそらくいなかったでしょう。
 強い師弟関係、血縁関係で結ばれた競馬サークルだからこそ、彼らにとってもっとも大切なものは、みんなで分け合える重賞競走の数が少しでも多くなる事。ジャパンCは、それを得るためのエサでしかなかった。そう思いませんか?

 春秋天皇賞と有馬記念を柱にした古馬重賞競走。そこに持ち込まれたジャパンC。第1回は81年ですが、出走する3〜5歳全てが「ジャパンC時代の3歳クラシック」を知る世代で占められた実質的な最初のジャパンCは84年。春秋天皇賞・有馬記念・ジャパンCの4つのレースを頂点とする新しい体制がここで整いました。グレード制競馬の幕開けです。
 この4レースの中で唯一、長い歴史と変わらぬ競走規定で実施されてきた春天皇賞こそ、日本競馬史のもとで生き続ける競馬サークルにとって最高の名誉。私はそう思います。