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■ シンボリルドルフ

 無敗の3冠達成という唯一無比の特徴を持つシンボリルドルフ。日頃の競馬で「勝ったり負けたり」ばかりを見ている競馬ファンにとっては極めて例外的な戦歴であり、そういう意味では例外的な馬といえるでしょう。しかし、競馬をあまり知らない人間の視点で見たシンボリルドルフの戦歴は、強い馬が勝ち続けた「自然な結果」でしかありません。
 どの馬が勝つのか判らないのが競馬であり、強い馬が負ける事もあれば弱い馬が勝つ事もある。当たり前とも思えるそうした考え方は、人気馬の意味不明な敗退に泣かされ続けたファンの経験的な競馬観であり、主催者が目標とするグレード制競馬本来の形とは必ずしも一致するわけではないという事です。
 ハンデ競走や賞金別定戦はともかく、定量戦や馬齢戦で行なわれる3歳クラシックや古馬G1競走の目的は「強い馬が勝ち、弱い馬が負ける」という絶対的な基本に基づいています。だとすれば、競馬番組の主旨に沿った理想的な戦歴を残したシンボリルドルフは、3歳クラシックの最終目的であるダービー馬の純粋なサンプルといえるでしょう。

 ただし、ダービー馬選定に要する期間は、2歳新馬戦が行なわれる年度番組から、3歳戦が行なわれる次年度の番組にまたがる1年間。もしも2ヵ年度双方の番組内容が異なっていた場合、ダービー馬を決めるために費やされた1年間は、選定作業の途中でルール変更される変則的な1年間となります。当然、このような状況でシンボリルドルフのように理想的なダービー馬が生まれるはずもありません。
 実際の競馬番組では、JRAによる番組改定が毎年のように実施されるため、完全な1年間の中で完全なダービー馬が誕生する事はほとんでありません。特に、番組改定の内容にダービー馬選定作業に支障をきたす重要な変更が含まれていた場合、シンボリルドルフとは似ても似つかない変則的なダービー馬が誕生する事になるのです。
 しかし逆に、3歳クラシックに与える番組改定の影響が小さい場合は、シンボリルドルフにより近い、ダービー馬らしいダービー馬が誕生しなくてはならない。極端な話をすれば、番組改定が一切無ければ、無敗の3冠馬が毎年のように誕生する事が必然となります。
 完全な1年間の中で「勝ったり負けたりのダービー馬」が誕生するような事があれば、競馬番組自体に欠陥があるか、もしくは、完全な競馬番組の中で不完全な競馬(不正競馬)が行なわれる事になってしまうからです。


■ グレード制導入とシンボリルドルフは何ら関係ない

 世界に通用する馬作りを旗印に導入された84年の番組大改革。重賞競走のグレード格付け、短中距離路線の整備という2つの柱のほか、ダート重賞の増設や外国産馬の出走制限緩和、3歳牝馬競走の増設などがされています。
 いずれにしても、この年の番組改定の内容には、長距離競走の頂点を目指したシンボリルドルフに対し、直接的に影響を及ぼすものは何ひとつ含まれていません。つまり、シンボリルドルフがデビューした83年の時点で、少なくても3歳クラシックを実施するシステムは完全に機能している事になります。完全な番組の整備があってこそ完全な戦歴の3冠馬が誕生した。それについては先述の通りです。
 84年の番組大改革の目的のひとつでもあり、現在の競馬番組においても継続されているJRA競馬の国際化は、81年のジャパンC創設によってスタートしています。旧8大競走を頂点としてきた日本競馬の歴史上はじめて、それらを上回る1着賞金レースが設定された事により新たな最終目標が生まれ、それまでの最終目標だった春秋の天皇賞においては勝ち抜け制度が廃止されました。
 このように、JRA競馬の主幹である中長距離競走に関して言えば、84年の番組大改革ではなく、81年の天皇賞改正・ジャパンC創設をもって現行グレード制競馬のスタートと考えるべきと考えられます。ただし、ジャパンCの1着賞金が天皇賞を上回ったとしても、外国馬招待レースであるジャパンCがJRA所属馬の目標になるわけではありません。巨人・上原が日米野球対抗戦でノーヒットノーランを達成したとしても、その評価は世界一でもなければ日本一でもないのと同じ理屈です。

 年間番組におけるジャパンCの役割はさておき、近代日本競馬が始まって以来、3歳クラシック〜天皇賞の路線は年間競馬番組の絶対的な柱である事に変わりはありません。しかし、国内生産馬の最終目標である天皇賞が、勝ち抜け制という最終目標のシステムを変更した事により、JRA競馬全体が従来と異なるベクトルに動き始めたのは確かです。
 生まれ変わった天皇賞に向けた最初の世代は、81年に2歳デビューしたバンブーアトラス世代。しかし、「勝ち抜け制・天皇賞」を目指して生産・調教された旧世代が参加する新・天皇賞は、制度改正本来の主旨を持たない暫定的なものでしかなく、バンブーアトラス世代4〜5歳時の天皇賞は本当の意味でのスタートを切っていない事になります。同世代が6歳で迎えた85年の天皇賞・春こそ、出走する4〜6歳世代すべてが「新しい最終目標」の為に生産・調教された、生まれ変わった年間競馬番組での最初の天皇賞となります。このレースに参加した5歳世代はミスターシービー世代、そして4歳世代がシンボリルドルフ世代です。

 3歳クラシックの長距離強者であるダービー馬もしくは菊花賞馬が、3歳時の有馬記念を勝った最強世代の代表として4歳の春に臨む。そうした年間番組の流れをたった1頭で体現した85年の春・天皇賞馬シンボリルドルフの戦歴は、生まれ変わった天皇賞・春の完全形でいえます。そう考えると、同馬が残した無敗の3冠馬という称号も、パーフェクトな春天皇賞馬に至るプロセスに含まれる要素の一部に過ぎないのです。
 3歳クラシック〜有馬記念〜天皇賞・春という流れの中で、「完璧な春天皇賞馬」のための「完璧な3歳クラシック」を完成させたシンボリルドルフにとって、3歳クラシックの基本を示す事は必然的なものだったわけです。81年の番組改正を成功させる使命を負い、85年の春に向けた力走を続けるシンボリルドルフにとって、84年のグレード制導入は何の影響も受けない無関係なものといって間違いないのです。


■ 2種類のダービー馬

 長い歴史を誇り、JRAが実施する全レースの7割を占める2・3歳戦の頂点でもある日本ダービー。もっとも、一般的な競馬ファンが持つダービーに対するイメージは、ダービーこそ最大の目標と口を揃える競馬サークルのそれとは異なります。ダービーが3歳最強馬決定戦と位置付けされているにもかかわらず、歴代のダービー馬たちが残す“その後の成績”が必ずしも世代最強馬に相応しいものとは言えないからです。

 シンボリルドルフやスペシャルウイークのように古馬競走でも活躍を続けるダービー馬もいれば、アドマイヤベガやアグネスフライトのようにダービーの後はサッパリという馬もいます。ダービーを勝てなかったテイエムオペラオーの馬主がアドマイヤベガの馬主を羨むなどといった理屈など、一般の競馬ファンに理解できるわけがありません。
 さらに不可解なのは、惨敗を繰り返すダービー馬は何故、現役を続けるのかという事です。弱いダービー馬という不名誉なイメージに晒され続ければ引退後の種付け料にも影響しかねない。それならば、調子が上がらないという理由で早めに引退すればよさそうなものだと誰だって思っているはず。事実、欧州各国の場合ならば、ダービー馬の称号を手にした途端にさっさと引退してしまう例はいくらでもあります。
 仮に初年度種付け料が200万円で100頭に種付けできると考えた場合、現役を1年続けて2億円を稼ぐ困難を考えると、より早期の引退を選ぶメリットは十分に成り立つはず。カネよりも名誉を重んじ、ファンの為に夢やロマンを追い続けるという酔狂な馬主もいるかも知れませんが、過去のダービー馬が残した前例に照らし合わせ、種付け料が下がるデメリットの可能性を無視出来るはずがない。
 頃合いを見はからって引退すればいいものを、“弱いダービー馬”の多くが有馬記念を引退レースに選び、無印の馬柱で恥をさらしたままターフを去るというのは何とも奇妙な話ですが、そうした意味不明な出走にも何かしらの重要な役割があるとすれば、恐らくそれは、弱い世代のシンボルが背負う十字架のようなものでしょう。
 強いダービー馬と弱いダービー馬。世代最強馬たるダービー馬を輩出するのが3歳クラシックの目的だとすれば、前者はそれが正しく機能したケース、後者は機能しなかったケースと考えられます。3歳クラシックが正常に機能する為の仕組みこそが競馬番組表であり、皐月賞やクラシックトライアルが番組立案者の意思に沿って消化された場合には、アドマイヤベガやアグネスフライトのような弱い馬がダービーを勝つような事があってはならない。しかし、競馬番組表はその仕組み上、その意思に沿ってレースを消化する事自体が不可能となる場合があるのです。

 JRA番組企画部による番組編成の意図とするところは、3歳クラシックによってダービー馬らしいダービー馬を選出する事に尽きます。しかし、ダービー馬の選出は2歳戦の始まりから3歳春季番組までの「1年間」で行なうものであって、もしも年度末に発表される新年度番組の内容に3歳クラシックに関係する変更点が加えられていた場合、旧ルールの2歳戦と新ルールの3歳戦を組み合わせた1年間による3歳クラシックが行なわれる事になります。
 旧ルールにしても新ルールにしても、1年という期間をかけて初めてその目的が達成されるように番組が整備されていると考えると、異なる2つのルールの組み合わせで行なわれる2〜3歳戦によって、本来の目的である「1年をかけて選出する、ダービー馬らしいダービー馬」という目的が達成されるはずがありません。もしも、このような環境でも完全に目標が達成するならば、3歳クラシックの充実を図るための新ルール導入がまったく意味の無いものになる。
 しかし、JRA企画部が毎年のように新ルールの導入し、さらに代替開催などの影響もあり、不完全なダービー馬ばかりが誕生する事が繰り返されている。3歳クラシックの充実を図る為の新ルール導入が番組編成の意図に反したダービー馬を生む要因になっているというのも皮肉な話ですが、強者と弱者によって行なわれる古馬競走を形成する為には、ハイレベルな世代と低レベルな世代を3歳戦の中で創る事も、番組編成の意志に沿った必要不可欠な作業と言えるのかもしれません。
 逆な見方をすれば、新ルールの導入を見送り、前年と全く同じルールで3歳クラシックを開催した場合、そこで誕生するのはJRA企画部の意図が完全に反映された完全なダービー馬シンボリルドルフである。しかし、もしも毎年のようにシンボリルドルフが誕生してしまうと、絶対に負けるわけにいかないシンボリルドルフのクローンが、天皇賞・春や有馬記念で顔を合わせる事になってしまいます。

 現行の中央競馬は、グレード制導入の際に登場したシンボリルドルフによって幕が明けられたというのが番組表解析派の定説となっていると思います。つまり、無敗の3冠馬はグレード制導入という大事件とともに起きた例外的なものだと解釈され、再現不可能な神の偉業と奉られているかのようです。しかし、84年の番組改編の内容の多くは、安田記念・マイルCSの格上げと天皇賞・秋の距離短縮などを含む古馬競走であり、3歳クラシックにおける変更点は、弥生賞の1着賞金が共同通信杯・きさらぎ賞と並ぶ高額賞金レースに変更された点のみで、これといった変更点が加えられていません。
 番組編成の意図を極めて純粋に解釈すれば、84年のクラシックで起きた出来事は、普通の3歳クラシックで普通のダービー馬が誕生しただけの話という見方も出来ます。いや、しなければならないのです。強い馬が勝つという極めて常識的を結果を素直に受け止める事が出来なければ、JRA番組編成部の意図を解釈する事など出来るはずがありません。何しろ彼らは、弱い馬が勝ち、強い馬が負ける事を前提に番組を編成しているわけではないからです。